むくわれぬ恋!ってカミーユ・クローデルのためにあるような言葉だ!
カミーユ・クローデル(Camille Claudel)は 1864年12月8日フランスのエーヌ県に生まれている。
彫刻家修業のため一家揃ってパリに移住し、18歳のクローデルはオーギュスト・ロダン(François-Auguste-René Rodin)に出会い、愛人となる。
ちょうどこの頃、ロダンはあの有名な『地獄の門』を構想中で悩みに悩んでいたという。彼は、クローデルの才能と若さに惚れたのだろう。クローデルはロダンに情熱を与えたといえる。
しかし、その頃、ロダンには既にもう一人の女性(内妻)、ローズ・ブーレがいた。彼女との間には子供さえいる。
こりゃ典型的な三角関係だ!
ロダンは上手く使い分けようとしてたのでは・・・ローズには家庭を、クローデルには情熱を求めた。
クローデルは当然、ロダンに自分だけを選ぶように迫った。
しかし、ロダンは最後にはローズを選んだ!
クローデルは精神に異常をきたし、1914年に母(以前から不仲だった)によってアヴィニョン近郊の精神病院に入れられ、そこで約30年過ごし1920年に亡くなった。
自らも才能ある芸術家で、世界に二人といない偉大な芸術家を愛し、捨てられた女性。
芸術家としては、自らの作品に対して、常に「ロダンの模倣」というレッテルを貼られてしまったことも不幸だ。
クローデルを観ていると、確かに、「恋は情熱パッション(passion)だ」と思う。
そのパッションとは受苦という意味だ。
クローデルは思いっきりロダンに傷つけられてしまった・・・
ロダン作のパンセ(pensée;瞑想)はクローデルをモデルにしたものと言われている・・・